2008-05-08

写真集続報!

とうとう!Amazon.co.jpでも購入可能になりました―!

サイトもできました―!!

よしよし。

どんどん、世に広がれ!

書評を書いていただいている新聞社もあり、その中で書評を書いてくださった、中国新聞社の記事の一部を抜粋。

「戦後の日本から訪れた政治家や評論家らは「明治が残っている」と、ブラジルで生きる日本人を「遅れている」とみなした。今も根拠のない視線は続いていないだろうか。1990年の改正入管法執行で「デカセギ」日系人と家族は31万人にまで増えたが、日本社会はあまり関心を寄せていない。

 カメラに向って姿勢を正す移民が続くページを繰るうち、世代を超えて懐かしさを覚ええ、粛然たる気持ちになる。言葉も文化も違う依るべなき地で生き抜くことの厳しさ。日本的なよさや伝統だと思い込んでいる何が多民族社会で通じ、花開いたのか。今盛んに唱えられる「グローバル化」は、どういうことなのかも照らし出す記録集だ。」

渋い書評で、私的にはぐっときた。

現実に、30万人を超すブラジル人が日本にはいるのに、日本社会は関心が薄く差別があると思う。確かに私も以前は、デカセギに対するイメージは悪かった。

しかし、今この仕事を通して、ゼロから始めた日系移民がブラジル社会で評価を受けていることを誇らしくもあり、先駆者達に対して頭の下がる思いだ。

移民の苦労なんて簡単には理解することは到底できない。だけど、この本を見て少しでも日本移民、子孫の日系ブラジル人に対するイメージを自分達の近くにもってくることの手助けとなるのであれば、嬉しく思う。

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2008-04-29

写真集完成!!

     Centenariocapa

1年かけて編纂したブラジル日本移民の写真集が22日日本で刊行された。
『目で見るブラジル日本移民の百年』

1908年の第1回笠戸丸以前の渡航者の写真からはじまり、コーヒー耕地での辛い仕事、日本人植民地の生活の様子、勝ち負け事件などの戦後の特殊な社会事情、70年代の勢いのある日系社会、一世の高齢化と二世の台頭、デカセギ・ブームなどの百年の歴史を、約250枚の貴重な写真が掲載されている。

3月の毎週末がこれの校正作業に消え、ポルトガル語の校正なんか手探りの中でやり、完璧です!とはいえない状況で時間切れ・・・になってしまったけど、やるだけのことはやったと言えるものにはなったと思う。

今、手元に飛行機で運ばれてきた出来立てホヤホヤの本がある。ちょっと感無量。2年間の仕事がひとつ形になった。

ブラジルに本が到着するのは来月末、反応が楽しみだ。
日本ではもう発売されているので、是非日本の皆様、手にとってみてください!

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2008-04-05

やっちまったぜ・・・

ただいまサンパウロは夜の0時。
まだ仕事中。
しかも、私の職場を知っている人ならわかるはず、夜中のここ不気味。もうトイレ行けないわ・・・

本日最後の追い込み校正。
これが最後!と同僚と掛け声をかけるけど、おなか減ったなぁー。何でもいいから食べたい!!!もう12時間も食べてないからね・・・しかも寒い!

でも、日本で出版社がイライラして最後の校正を待っているはず。
あーーーーーーー。
ポルトガル語に疲れた・・・


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2008-03-30

スカパラ!!

     Cafe1_3

本日も職場。アマゾン地方の地図と格闘中。地図作成の指示を日本までうまく出せず、再作成中。世界地図を見ながら、時々現実逃避。バーチャルトラベルしたりなんかして。

今日は、スカパラの「Wild Peace」を聞きながら作業。どんよりした日曜の午後のテンションをあげてくれます。あぁー、ライブ行きたい。

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2008-03-29

お金払うから時間がほしい

Cafe
来月刊行予定(日本でですよー)の写真集の校正作業第2回目。もう最近週末はありません。でも、好きなことが仕事なのでかまわんさ。と思っていたけど、本日校正の校正が殆ど訂正されていなくて、きぃーーーーっ!ぐぉーーーーーーっ!いぃぃーーーー!と奇声を上げてしまう状態。
今回最終なんですけど・・・
ブラジルなら出版がおくれましたーごめんね♪的な謝りですむけど、日本はそういうのないからなぁー。ブラジル側も日本側も時間も人手も無い中で、作業しているので誤植がでてくるのはしょうがないとしても、少しでもいいもの作りたいのですよ。みんなソウ思っているから、週末返上なんだろう。
あーーー、時間が買えたらいいのにな。

写真は、バールで飲むコーヒー。おしゃれにエスプレッソもいいけど、時には立ち飲みでコップにちょっと入った作りおきのコーヒーも好き。既に甘いくせに、砂糖混ぜ混ぜ用のスプーンがついてくる。

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2007-06-12

笠戸丸以前の渡伯者たち

とうとう!とうとう!今日オープンした特別展。Cimg1688

いや、本気で間に合わないと思っていただけに、感無量。

できれば体験したくない、当日までにどうにかなるだろう!的なブラジルマジックも体験したし。

特別展は以下の3人を中心に開催中。

初の「葡和辞典」「和葡辞典」編纂を行なった大武和三郎、日伯貿易の先駆であった藤崎商会、日本で判事・弁護士だったが永住を目的として妻子・同志と共に移住をした隈部三郎の3者3様の生き方にスポットを当てて特別展を開催。

大武和三郎は、皇帝ドン・ペドロ2世の孫と出会い、ブラジル軍艦に乗って渡り、リオの海軍兵学校に在籍した経験を持っている。帰国後は在日ブラジル公使館に勤務し移民導入や通商等に関わっていた。そのかたわら、初期移民にはなくてはならなかった「葡和辞典」「和葡辞典」を編纂している。

現在も藤崎デパートとして宮城県仙台市に拠点を置く藤崎商会は、1906年ンパウロ市内ササンパウロ市内サン・ベントに開店している。4代目藤崎三郎助の商売の目は鋭く       く、三郎助が他界しブラジルから同商会が撤退するまでの20年余りブラジル各地に進出し日伯貿易の先駆けとして活躍した。また、当時の日本移民のためにさまざまな便宜を図り、民間領事館的役割も果たしていた。

日本で判事・弁護士として活躍していた隈部三郎は、永住を目的とした最初の家族移民としてリオに入植。妻子6人、同志7人を従えて「日本植民地」建設に燃えたが、数年で退耕を余儀なくされ苦汁をなめた。そして、20年後に自ら命を絶った。しかし子女教育では成功しており、二人の娘を当時の女子教育の最高機関である師範学校を卒業させている。

なにはともあれ、各社新聞社も取材に来てくれたので、少しでも多くの人が笠戸丸以前の勇気ある日本人の歴史を知ってもらえたら幸いだ

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2007-06-05

ノミの手も借りたい

11日の特別展オープンに向けて、文化祭前夜の忙しさが連日続いている。
文化際前夜の忙しさというのは、前夜だけだからこそテンションも保て楽しいけど4.5日続くと、腹が立ってしょうがない。要領の悪さに。

金曜日から日曜日にかけて、朝9時から夜12時まで。昨夜は朝9時から早朝5時まで、寒い室内で黙々と作業。昨夜の夜9時ごろから、意識は遠のき始めて、猫の手でも犬の手でもノミの手でもいいから借り手終わらしたい!!!

なんなんだろう・・・
一緒に仕事している男のが全てのファイルを管理しているのだけど、つくった本人がどこに保存しているのかわからなくなってしまっている状況で、あれどこ?って聞くと「消えました!!わかりません」と堂々と言われると、がっくりきてしまう。
情報の共有化ができてない私もわるい。

あぁぁぁぁー。がっくり。
一緒に仕事してる、シニアは徹夜明けに近いのになぜか元気に走りまわっている。
すごすぎる・・・
わたしは、今すぐにでも床で寝れるぐらい眠いのに。

あと少し。がんばろう。

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2007-05-29

ブラジルの西郷どん

Neto_do_saigou1 西郷隆盛の孫の写真を史料の中から発見。

名前:西郷隆治

野球ミカドチームキャプテン。慶応大学卒

と写真のキャプションにはあった。

彼が移民だったのか、長期滞在者だったのか、日本の野球チームの派遣で来ていたのかは不明。

しかし、こんなところで歴史上人物の関係者を見つけると、なんだか親戚のおばちゃんみたいに自分のことのように自慢してしまう。

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2007-05-21

日本語絵カード

  史料庫の写真を引っ張りだしたら、移民の子供達が日本語を勉強するための絵カード発見。

よくよく見たら、コロニア画家の半田知雄の絵だった。

本当に学校で使われていたかと言われると、おそらく違うような気がするけど、当時の生活風景やタオルのことを手ぬぐいと言っていた日本語が出てくるのでおもしろい。
ちなみに、「ん」は例題がたろうさだった・・・。
実物は移民史料館で展示中。

 Cimg1564  Cimg1566           Cimg1565       

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2007-03-22

乗船名簿

Cimg1311 ブラジルへの第一回移民は笠戸丸で海を渡った。
1906年4月28日午後5時55分、781人(自由移民を除く)の先駆者を乗せて船は神戸港から出発した。そして南アフリカ周りで6月18日にサントス港に入港している。

当時の乗船名簿をめくってみた。
一人一人の戸籍・名前・年齢・ブラジルでの配耕先・その後の情報等がびっしりと手書きで書かれている。圧倒的に沖縄出身者が多い。

この第一回移民として来伯し、最後の生存笠戸丸移民だといわれた中川トミさんも、先日2008年の移民100周年を目の前にして亡くなられた。

この乗船名簿一つをめくるだけで、彼らの生き様を見ることができる。家族で配耕先に入って、家族が増えていることも記されているし、時には一家全員配耕先から夜逃げとかかれているものもある。

そして、日系ブラジル人にとっては大切なルーツを知る手がかりになる。
南米及び中米の日系社会にはこの乗船名簿は残っているのだろうか?ふと気になった。

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2007-03-21

漢字が読めなくても

Cimg1277 先週の月曜日から仕事が変わり、心機一転バリバリ(いや、黙々)とやるべきことをこなしている毎日。

楽しすぎて気分はルンルンなんだけど、ひたすら大正時代の新聞をめくってみたり、移民乗船名簿をめくって人を探したりする作業が多いので、目は相当お疲れのようです・・・。

興味ある移民の歴史を仕事として出来るのは、ここにいる期間だけかもしれないと思うと、今まで日本に帰りたいなぁーと思っていた気持ちは、どこかへ行ってしまったみたいだ。

仕事をするにあたって、一つ問題発生。
漢字が読めません。書けません。
古い写真のデジタル化の作業の際、よく読み間違い(読めない・・・)という理由から、入力ミスしてます・・・。
書くほうはパソコンだと、勝手に変換してくれるけど手書きになると・・・無残な状態。
周囲が笑って済ましてくれる内に、なんとか漢字力UPをはかりたい今日この頃。

写真は 東山農場でみた、コーヒー豆とごみを分けている瞬間。コーヒー農園に入植した移民はこれやってたそうです。 ざるの中のコーヒー豆を上に投げると、砂や枯葉が外に飛び散るらしく、豆がざるに戻ってくる時には豆のみになっている!!
簡単に見えて、意外とできません!!!

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2007-03-07

あぁぁぁ、イライラ

なんで、こう人の話を聞こうという姿勢もった人が少ないのだろう。
自分の意見だけを述べて、勝ち誇った顔をする。

100周年祭に向けて、やらなければならない事が多いのに、聞こえるのは罵声に足の引っ張りあい。
これが、今の現状。でも、確実に100周年はやってくるのに。

何かをしたい!という思いだけでは、形になりそうにもない。
残念だな。

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2006-12-22

今年度仕事おさめ

1220 本日18時をもって仕事おさめ!!
うほっー!!

本来ならば来週もあるのだけど、仕事場のあるビルが今日の夜にシロアリ駆除のお薬をビル全体にまくので、クリスマス休暇明けも臭いという理由から、このまま正月休みまで(私は1月8日まで)突入。
ラッキー。

でも、自分的に年内に仕上げたい仕事がるので暫くは家に篭る予定。

それでは、日本の皆様お先に。

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2006-12-21

カルシウム不足

Wani イライラしていると人に優しくなれない。そうなると、当然のように周りも私に優しくなれない。それで、またイライラする。自分で自分の首絞めてます。

大人だと思っていたけど、まだまだ人間できてません私。
カルシウム不足だと思って、家にあるカルシウムだろうと思われる、牛乳、鰹節、いりこ、を飲み食いしてみた。

あまりにもイライラが収まらないので、散歩に出掛けたら道端でワニに出会った。一目ぼれ。しばらくは私の側で癒してくれること間違いなし。

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2006-12-10

伝える

日本人として、日本文化・郷土芸能を外国人に伝えることができるか?

世界最大の日系社会があるサンパウロは、47都道府県の県人会というものが存在する。元々は、移住者達が同郷の人と交流をはかるために作られたが、世代が2世、3世と進むにつれて日系社会離れ、出稼等の為後継者不足なのが現状だ。
Cimg0026 その中でも、新しい風を吹き込んで頑張ろうとしている県人会もある。その中で、今日は宮城県人会の郷土芸能「すずめ踊り」を披露するお手伝いをした。もちろん、踊ったのよ・・・私。

1月に帰国する先輩が、日本に居るときから「すずめ踊り」のチームに入っており、帰国までには何とかこれを広めたい!という思いから実現したこの企画。
ヨサコイソーランがブームな日系社会で、うけるのか不安だったけど、思いのほか好評でアンコールまでかかり2度も披露。

日系社会にいると、何処の県出身なのかよく聞かれる。兵庫県出身の私はもちろん、兵庫県人会の会長さんに「阪神タイガースの会」に誘われている。阪神タイガ-スも、ここでは一日本文化。いいことだ。

日本人であるが故に、色々求められることがある。日本人なんだから日本文化なんでも知ってます、出来ますと思われている・・・・。実際、今の私には何が出来るのだろうか?郷土芸能を知っているわけでもない。お茶とお華は中途半端・・・。そうなると、日系社会から足が遠のく。
今時の日本人だし・・・と言いわけをしてみる

だけど今日「すずめ踊り」を踊って結構気分よかった。今日の様に、1つでも私を通して小さな日本文化を伝えられるように残りの期間頑張ってみようかと思う。

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2006-12-01

わかっているけど

Cimg1359_3 「何かを選ぶということは、何かを捨てること」
残りの任期が一年半になった。長いようで短い。
もう、悩んでいる時間もない。

「大事なことはたくさんある。でも、選べるのは一つだけ」
そう、選ぶ選択枠があるなんてありがたい。

だけど、勇気がないのではなくて覚悟を決めれないだけ。
それがあれば!!って思う。
思うだけじゃ駄目なんだけどね・・・。

もう12月。
早いなぁ・・・

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2006-10-21

終わり良ければ全てよし

久しぶりにスーツを着た。
記念式典はどうやら成功したみたいだ。
ブラジリアの日本大使館から大使、サンパウロ領事館から総領事を向え盛大に行われていた。ちょっと笑えたのが、プログラムに鏡割りのあとにケーキカットがあった。ケーキカット??結婚式を彷彿させるかの様だった。
日系社会の高齢化の事を考えると、これが日本語主体でする最後の式典になるんだろな。

終わり良ければ全てよし、と言う声が聞こえた。
そうかもしれない。
でも、そうじゃないよとも思う。結果が全てかもしれない、最近まで私もそう思っていた。でも、過程も大切にしていかなきゃと思ったりもする。
Flor
仕事終了後にお花を頂いた。
帰宅後、日本から花切り鋏みを持ってきた事を思い出し、お花に手を加えてみた。ブラジルのフラワーアレンジメントでは写真のように茎の部分で四角にした物を使うのが好きみたいだ。私的にはあまり好きではないが、今日はそのままにしてみた。紫のお花が緑と調和され、満足。
以前少しかじった生け花は、折角日系社会にいるので続けようと思っていたけど、余裕がなくて始めてなかったが、やっぱりお花が家にあると安らぐ。そろそろ、サンパウロ生活4ヶ月目になるので教室を探そうかなぁー。

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2006-10-05

健康診断

合同会議の2日目は、早朝7時から健康診断。

採血して、レントゲン撮って・・・と一通りの事をして、体重と身長。
そんな測り方でいいの!!って言うような適当さ。
前日よりも体重が2キロも増えて、身長が縮んでいた・・・。ショック!!

内診を待つ間に朝食をモリモリ食べていたら、「もう一回体重測るから来て!」って・・・
サンドイッチ2個にケーキにフルーツ食べたんですけど!!
駄々こねても通用せず、測ったら2キロ減の前日に測った体重になっていて一安心。身長もいつもの長さでした。
とりあえず、私日本を出発してから太ってません!!

内診では、ストレス溜まったらどうしますか?って聞かれたので
「飲む&食べる」と言って、怒られました。
大の大人が・・・って。
Yakiniku
夜は、同期で健康診断も終わった事から焼肉へ。
久しぶりの薄い肉やキムチはおいしくて、日本いシック倍増。日本が恋しい・・・

1年後まで健康診断がないそうなので、モリモリと食べてストレス発散を誓った今日。
でも、適度に体重気にするようにしなきゃー。

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2006-10-04

歴史の一部を見る

今日から、合同連絡会議で全伯のボランティアがサンパウロに集まった。

一日目の今日は、職種別訪問ということで私は、先輩達とサンパウロにある州立文書館と移民博物館に見学に行った。Arquivo

サンパウロ州立の文書館はチエテのバスターミナ
ル の近くにある。ここには、サンパウロ州内の戦時中、戦後、軍事政権時代の秘密警察が持っていた調書等もあることで有名。

文書館自体は、人手不足もあり家内生手工業的な感じで資料の修復・整理をおこなっている事から、整理がまだまだ出来ずにいる状態。しかし、貴重な写真や調書を見る事が出来るので、研究者や専門家にとっては涙が出るほど嬉しい場所に違いない。

Arquivo2 左の写真は、戦時中ブラジルの薬を日本人薬局で売っていた際、処方箋になにか暗号が隠されている!ということで、警察が左側の処方箋にチェックを入れて、右側のシートをかぶせたら見えている文字が暗号になった・・・という調書。
ブラジル人の店でも同じもの売っていたのに、日本人ということで、しょうもな・・・と思うことでも全て調査の対象になったみたいだ。
同様に、ドイツ・イタリア移民も同様な扱いを受けていたことはわかるのだが、ブラジルにとって同胞であっるポルトガル系ブラジル人の活動家の多くも国外追放になったりしていた事には驚いた。
Museu
次に、各国の移民が一時的に収容されていた施設であった移民博物館に行った。ここは、1978年まで約100年ちかく施設 として使用されていて、サントス港から列車でつれてこられた移民が、登録手続き等をおこなった場所である。
約80カ国の移民が収容されていたので、登録されている資料も様々あり、当時の様子も再現されていた。

Museu2 興味をもったのが、収容された移民の名前はデーターベース化されており、個人名か移民船の名前から検索出来るようになっていた事。もし、抜けていたら登録もしてくれるので、先祖の奇跡をたどるには面白いと思う。

また、初めて知ったのだが、ここには各国の移民以外にもブラジル北部・北東部からの移住者も収容しており、移民は皆平等な扱いを受けていた記録があった。
これだけの移民を受け入れるブラジル側も移民全盛期は相当大変だった思う。
Museu4
ここには、サントス港から移民を乗せてきた列車がまだ 残されている。
当時、ここまで早くて12時間遅くて3日かかったそうだ。移民船で60日近く揺られているので、12時間も3日も関係なさそうだが、ここに着いたとき移民の人々はやっと心落ち着けられたのだろうか。
この列車の横は現在そのまま電車が通っており、過去と今が共存する不思議な空間になっていた。

一日で2箇所とかなりお腹がいっぱい状態で、得た情報をまだ整理しきれてないが、貴重なものを今後の自分の活動に活かしたい。

移民博物館は、移民の歴史を知らない人でも楽しめるのでサンパウロに来たら見学に行って欲しい場所の一つ。

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2006-09-18

ぽっくり教室

仕事で、最近ここ10年間の新聞を読みあさっている。

そこで、今日みつけた記事。

サンパウロの老人クラブ連合会主催の「ぽっくり教室」開催のお知らせ。

ようは、誰にも迷惑かけずにぽっくりと死ねる人生を送る秘訣を伝授する教室らしい。

数日後の記事に、このぽっくり教室が盛況だったとあった。

ぽっくり死ぬのにも、準備必要なんだね。

恐れ入りました。

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2006-09-06

考え方

Ts320151

                                                              

                                                       

                                           

                                       

                                                                    

私の食べ物日記になっている今日このごろ。

さて、本日の日系コロニアは秋篠宮妃である紀子様が親王を41年ぶりにご出産と言うニュースで大盛り上がり。
もしかしたら、日本以上に盛り上がっているのではないかと思う。

今日も、水曜日恒例の新潟県人会の手打ちおうどんに御呼ばれされたので、あつかましくご馳走になった。今日の、おうどんはパラグアイ製の純小麦粉を使っている。いつも以上にモチモチとしておいしい!!このパラグアイ製の小麦粉は、ブラジルとの国境付近にあるイグアス移住地産で、ブラジルには輸入されていない貴重な小麦粉だそう。

プレミアム小麦のおうどんを食べながら、本日のテーマはもちろん「皇室」。
普段日本に暮らしていて、皇室は身近に私は感じないし、あまり興味もないのが正直なところ。しかし、ブラジルのコロニアは関心が高い。(と思う)
何人かの方が、自分の事のように嬉しい!と何度もおっしゃっていた。
確かにお目出度いことだもんね。

時々、「今時の日本の若者は!」と言われる。私の考え方、行動等をみて、これが日本の若者だ!と決めつけられると、他の若者に申し訳ない。また、反対に誰か一人をみて、私もそうだと決めつけれれても困る。
仕事上、日々接する方は1世の60代の方が多い。ブラジルでの苦労は私が想像できるものではないだろう。
だけど!!ジェネレーションギャップというものがある事をわかってほしい!と思うのは私だけかしら??

しかし、世代が違っても日本人だから通じる感情というものがあるのは、嬉しい限りだ。

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2006-08-23

おうどんを食べて考える

最近、可愛がっていただいている新潟県人会の水曜日恒例のおうどんの日に、今日も呼んでいただいた。

おうどんは手打ち。そのほかに今日は手作りみりん干し、つけもの、てんぷらもあった。

そして1世の方々と、うどんをすすりながら日本語で会話すると、ここは日本のどこかと勘違いしてしまう。
だけど、時々コロニア語炸裂
「ゆみちゃん、七味 passa para mim してー」 (七味とってー)
「このAbacaxiとってもgostosoだから、たべなさい」(パイナップルおいしいから食べなさい)
等々

今日、サンパウロ州とマットグロッソ州の州境に近い入植地である「第一アリアンサ」からお客さんも一緒だった。
7人でおうどんをすすりながら、日系社会の日本語について話した。

先週の日曜日に文教(ブラジル日系社会の中心団体、ブラジル日本文化協会。略して文教)で、美空ひばりを偲ぶコンサートが開かれた。私は行かなかったのだけど、文教の講堂が超満員になる盛況ぶりだったらしい。
それに、私を除く6人は行かれてたみたいで、6人が6人とも「司会が最初から最後まで日本語しか使わなかったし、いらない事を言わない司会でよかった!」とおしゃた。日本の歌のコンサートで最初から最後までALL日本語は最近でもなかなかないらしい。確かに、世代交代が進んでいくのだから、ポルトガル語が入ってくるのはしょうがない。

しかし、1世にしてみれば自分達の楽しみまでポルトガル語が入ってくるのはどうも駄目らしい。第一アリアンサからのお客さんも、アリアンサ付近の日系人団体の会議は一つを除くだけで、全てポルトガ語だよ・・・と嘆いていた。
アリアンサの入植は古い。よって、現役世代は2世か3世になる。だから、母国語で会話となるとポルトガル語となるのいたしかたないと私は思う。

そして、話題は「1世と2世のギャプ」について
1世の皆様の意見としては、「うまくいくわけがない。2世は歩み寄りをしらん!」
ということでした。
これって、何処の日系団体でも抱えている問題で、1世はこの国で本当に苦労して自分達の道を模索して作ってきた。だからこそ、子供の2世には教育に対してものすごい力を入れている。その結果、2世にはインテリと呼ばれる人が多いのは確か。だから、県人会も1世がいなくなれば潰れるとまで言われている。苦労をした1世。日本社会とブラジル社会のなかで成長した2世。考え方は一緒なはずはないだろう。

私はブラジルに来てからの疑問をぶつけてみた。
最近の各県人会の会長は49都道府県の約3分の1が2世の方がされている。多くは、元大学教授とか日系企業のブラジル法人社長、弁護士等々、をされてきた方々だ。特に小さい頃に1世の両親に連れられて県人会に行ってたわけではない。じゃあなぜ、インテリと呼ばれている2世が県人会の活動に参加しているのか?
これに対して、答えは返ってこなかったけど、今後の日系社会をなんとか盛り上げようとして参加しているののではないだろうか。やっぱり、ルーツというものは捨てきれないと思うしね。

1世には1世の思いが、2、3世にも彼等の思いあると思う。
移民100周年まで2年を切った今、それに向けて各日系団体は多くの問題を抱え解決に向けて進まなければならない時がきている。

私、自身今自分の仕事をどういう方向性に持っていくか悩み中だったので、今日は1世の方々のお話を聞いてこれからのことを改めて考えようかと思う。

100周年というすばらしい時期に私はブラジルの日系社会にいるのだから。

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2006-07-31

パスワードで駄目だし・・・

金曜日に同僚が辞めた。というか、私やその他の同僚は事前に知っていたから当然のことのように本人も了解済みだと思っていたら、当日に言われたらしい・・・

しかも、朝の10時に言われて、12時には会社を去ってました。

そして、今朝。

彼はどうやら腹いせに、彼が今まで使っていたパソコンのログイン時に入力する端ワードを変更して会社を去ったということが発覚。

ブラジルではよくあることらしく、上司の一人は昔データを全部潰されたらしいので今回はあまり皆動揺してなかった。

辞めた彼は、非日系なのだが、日本文化や日本のアニメが好きだったことを思い出して、色々と思い当たるキャラクターの名前を入れてみたけど、どれも駄目。

結局、私が電話して聞くと

Eu nao sei(僕は知らない!)

思わず日本語で

「なんでやねん!あんたが使った後誰も使ってないねん!なんで知らんのよ!!」

と怒鳴り散らしてしまった・・・。恥ずかしい。

結局彼は、「僕の後に誰かがパスワードを設定した」だとか「ぼくは罠(なぜか罠だけ日本語。どこで覚えた?)にはめられた」とか言われて、埒あかず電話を切った。

そして、数時間後。

彼が、パスワードを思い出したと日本語で電話があった。

その時も、「僕ねぇー、覚えちゃったよパスワード」(思い出したと言いたかったらしい)

と笑いながら一言。

私「何?」

彼「ダメダメゆみこ

私「はぁー??」

彼「ダメダメゆみこ 入力して」

私入力。

そして、無事解除。

なんで、私の名前なんだ!!

しかも、ダメダメって・・・

さんまさんじゃあるまいし。

がっくり・・・。

そんな、パスワードで駄目だしされるなんて夢にも思わなかったわ。

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2006-07-27

今日までに学んだ事

愚痴は言わない(自分の評価を落とすから)

石橋は必ず叩いてから渡る

常に謙虚でいること

以上

人生常に勉強の場      

がんばります。

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2006-07-16

理想と現実

最初に、今日の日記はかなり愚痴っぽい独り言なので、愚痴を見たくない人は、申し訳ないですが、読まないでください。ごめんなさい。

今日はこの日記を書くのをすごく悩んだ。
これを書くことによって、迷惑をかけてしまう人がいるだろうし。

でも、どうしても気持ちの整理がつかない。

ありがたいことに、話を聞き、アドバイスや励ましをくれるブラジル人・日本人の友人はたくさんいる。アドバイスも本気で心配してくれてるからこその言葉だし。

でもブラジルに着いて、1週間弱で本気で日本に帰国を考えてしまった。

今回、私は、2008年に迎える移民100周年の事業の一つとして、私の職種の要請があり、その仕事をしたいと思いブラジルに来た。
もちろん、それ以外の仕事はしない!というつもりは全くない。それ以外の事務でもなんでも仕事はしたいと思っていた。が初日から

「2年間何もしなくていいからね。電話番でいいからぁー。」

「本当は、誰でもよかったんだよ。事務なら誰でも。でも、日本から人が欲しいなんていえないから、もっともらしいことを書いて要請したんだよ。」

と、何も私を目の前ににして言わなくてもいい言葉をたくさん言われた。それでも、やっぱりブラジルが好きだし、2年間私に出来ることをしようと思った。

職場に行けば、私の席はない。私の上司にあたる人は、私に、

「何してもいいですよ、お好きなようにしてください。」

という。だけど、何かしようとすると、何もするな的なサインをだす。

もしかしたら、私の気のせいかもしれない。
だけど、明らかに私は引き受け先のお荷物で腫れ物を触るように、どう扱ったらいいのかわからない感じで、事務員は私と接する。

正直、着任して3日だけどつらい。

最初から、手を広げて受け入れてもらえるとは思ってなかったけど、きついなぁ。

私のこの性格だから、売られたけんかをご丁寧にも買ってしまう・・・だから、余計にかわいくないんだろうなぁ。

ブラジルの日系社会は奥深い。今回、様々な関係をこの3日見てきた。たった3日と言ったらそうかもしれない。そう、まだ少ししか見てない。

だから、結論を出すのには早い。それは自分自身わかっている。最初からうまくいくことは少ない。だけど、体がもうNOサインを出し始めた。根性がないと自分で思う。ここで負けるのは悔しい。

だけど、どうしたらいいのだろうか?

今週もまた私の中で戦いが始まる。

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